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後任要請出ました
いつのまにかJICAのWebに後任要請が出てました。
http://www.jica.go.jp/activities/jocv/application/job_info/pdf/33406104.pdf

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協力隊について | 2006-10-11(Wed) 05:10:53
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平成18年度春募集開始
最近協力隊関係のキーワードで検索してくる人が増えたなーと思ってたんですけど、春募集が始まったからでしょうか。

私は平成15年の秋募集で受けました。
池袋だったかなー、説明会にも行って。
なんかビデオとかOBの話とかは気持ち悪くて聞いてられなくて(笑)、その頃歯の矯正をしていたので、それでも行けるかどうかだけ聞いて帰ってきました。
(結果はもちろんOK。器具をつけたまま2年過ごす人もいるとか。私は終わらせてから行きましたが。
けど国によっては派遣先でやるってのもありみたいです。私もこっちでやればよかった...。)

行くと決めてから締め切までが結構短くて、あわてて健康診断に行きました。
昔アトピーだったり卵アレルギーだったりしたので、余計なお金払ってその検査も受けましたよ。
どっちも治ってました。治るもんなんですね。

一次試験が確か東京農大、二次試験は広尾の訓練所でした。
二次試験は平日だったんですけど、その頃毎週水曜に客先に行ってたので試験が水曜だったらどーしようと胃に穴が開きそうなくらい心配しましたが幸い他の日でした。
# 職場にはいわずに受けました。ってちゃんと報告して受ける人なんているのか?

技術面接は開発経験がないことをツッコまれ、グループ面接ではほとんど発言せず、どうして受かったのかいまだに分からない。
ただ、協力隊合格までにも書いてますが、面接の場で志望国を変えた方がいいといわれ、今思えばあの時点で「こいつはここに行かせようかな」というのがあったんだと思います。

で、無事合格して今私はINTIで働いているわけですが、実はこれ15年度2次隊、つまり私が一次試験を受けた頃に派遣された隊次で行く人が決まってたんです。
だから送ってもらった募集要項にはこの要請は載ってなくて。
でもその人は行けなくなって、そこに教育+スペイン語圏じゃなきゃヤダっていう私が試験を受けにきたわけです。

まぁ合格基準とか、どうしてこの国に決まったのかっていうのは分かりませんが、この要請がなかったらたぶん受かってなかったんじゃないかと。
これも運命かしら。って思っちゃいますよ。

最近ヘコみ気味だったので、初心に帰るつもりでちょっと書いてみました。
懐かしいなー。



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協力隊について | 2006-04-17(Mon) 14:15:55
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協力隊バトン
ずいぶん前ですけどharunireさんからまわってきました。

[なぜこの事業に参加したのか?]
「儲けを考えずに自分のやりたいように、相手のやってほしいように仕事ができるから」っていうのが一番ですかねー。
リーマン時代も新人研修とか社外向けセミナーとかやってましたが、時間が短かったり他の業務と兼務だったりと、なかなか思うようにできなかったので。

あと、JICAを選んだ理由としては、生活費や医療費等の援助が受けられるので生活の心配をしなくてすむとか、災害やクーデターのときにすぐ逃げ道を用意してくれそうとか。
わりと打算的。

[実際に事業に参加してみてどうか?]
生徒が想像以上にカワイイです。いやそーゆーことじゃなくて。

今だから書きますけど去年8月くらいまではホントきつかったです。
ホームシックだったり仕事何していいのかわかんなかったりで。
KTCのDVDとか青少年の映像見てはメソメソしてました。
でも2年間メソメソし続けるのはイヤだったんでどうにかしました。
今は、日本でやってきたセキュリティだとかUNIXだとかの経験を生かせるようになってきてて嬉しいです。

それから生徒や同僚が始めから自分を受け入れてくれてることが本当にありがたいです。
これは過去隊員の活躍によるところが大きい。あと日本のアニメの人気とか(笑
どうにか私のいうことを理解しよう、どうにか私に分かってもらえるように話そう、という生徒や同僚の気持ちを毎日ヒシヒシと感じて、うれしくなったり申し訳なくなったりしてます。

エルサルバドルという国に関していえば、治安が悪くて相当危険ではありますが今のところ世界で一番住みたい国です。
何がどういいのかを説明するのは難しいですが、「どこででも手をあげればバスに乗れて、降りたいところで降ろしてくれる」っていうことに尽きる(路線によって例外はありますが。
余計なルールがなくて、人がやさしい。のわりに治安が悪いのはなぜだー。

いいことばかりじゃありませんが、INTIで働けること、エルサルバドルという国を知ることができたことは人生最大の幸運です。

[派遣前研修について]
この研修での体験だけでも協力隊に参加してよかったと思えるほど内容が濃ゆかったです。

なんでしょうねー、私って大学でコンピュータ勉強して、コンピュータ系の会社に入ったから、大人になってからはそれなりに偏った人としか知り合ってなかったと思うんですけど、KTCには今まで出会ったことのないタイプの人がいっぱいいました。
この年でこんなにたくさんの人と出会えるなんてちょっとない。

あと開発系(?)のレクがすごい面白かった。バファバファとか仲間探しとか。
自分はこっちの道に進むべきだったんじゃなかろうかとちょっと真剣に後悔しました。

派遣前訓練は短くするとかなくすとか、縮小する方向らしいですけど、あれがあるのとないのとで活動はかなり変わるんじゃないかなと思います。

---

なんか「協力隊ってスバラシイ!!」みたいな文章になっちゃったかしら?(笑
けど私の活動がうまくいってるのは生徒と同僚と自分の努力の賜です。
もちろん、JICAが私にこういう場所を与えてくれたことに感謝はしてますけども。
JICAは生活に関しては援助してくれますが、個人の活動については全く援助してくれません。自分の意志で参加している以上、それが当り前だと私は思います。
それが当り前だと思えない人は参加しない方がいいです。



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協力隊について | 2006-03-03(Fri) 05:58:54
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自分で選んできたんです
私らは誰かに無理矢理連れてこられたわけでなく、自らの意志でここに来たわけで。

今の環境に不満があるならそれは自分で変えていかなきゃいけないと思います。
私も働いてたときはさんざやさぐれてたもんですが、あるときある人に「でもアンタが選んだ会社でしょ?」といわれてやさぐれるのはやめましたよ。
愚痴はいいますよ。死ぬほど毒も吐くし。けどちゃんと行動もします。
生活の大半を過ごす場所を、少しでも快適にしようって思っていろいろやってきたつもりです。会社だけでなく、どこででも。
大人の世の中っていうのはどうも放っておくと悪い方に転がるものらしいし。

ある人がいってましたが、人は自分という名の船(詩的だ)の船長なんです。
その船が迷ったり沈みかけたりしたときに、「あぁ、あのときこうすればよかった」とか「こうなったのは○○のせいだ」とか言ってもしょうがないでしょう。
問題を解決するためには実際に動かないと。自分しかいないんだから。

私の問題はそういうのを見過ごすとか流すとかできないところにあるんですよねぇ。
分かってるけどどうしてもだめ。
だから自分のことでもないのにクリーンヒットしちゃうんです。
テコンドー続けたらそういう強さも身につくんだろうか。


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協力隊について | 2005-11-03(Thu) 13:40:17
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NGソング
KTC(訓練所)の最後の夜にみんなで歌った「島唄」と、青少年の人たちが作ってくれたビデオのBGMだった「さくら」。
ダメですねー。
うちらの歓迎会のとき「島唄」を先輩隊員が歌ってくれたんですが、実は結構キてました。

KTCってホントに特殊な場所だったと思います。
あんなふうに自分の感情を素直に出したのって学生以来だと思う。
修了式とか出陣式とかの自分はありえない。泣きすぎ。
多分KTCを出発したバスから見た光景って一生忘れられないだろうなー。

私そういうのって「キモッ」と思っちゃうタイプに見られがちですが、意外と感動屋というか涙もろいんですよ?
コミックバトン見れば分かるでしょう。泣きまくりですよ。
補完研修のときそう見えなかったのは、会社員時代の自分を引きずってたからなんですぅ。

「本当の自分」て言葉を心から憎んでいる私ですが(現状がうまくいかないことに対する単なる言い訳だと思ってる)、KTCの自分が素なんだろうなぁ。
やっぱねぇ、リーマンやってたころは、なんか感情が死んでたと思うんですよ。
まぁ、学生の頃のようなぬるい気持ちじゃ会社でやっていけないから当然なんだけど。

それが突然、食いっぱぐれる心配もなく、ある一つの目的に向かって160人が共同生活するっていう状況に置かれたわけで。
社会経験があったからこそ、この状況がいかに幸せな状態だったかが身に染みてですね。
さらに終わりに近づくにつれ、「もうこんな環境は2度と望めまい」っていうのが実感されてくるわけですよ。
大学時代は当然、そんなことは分からないし。
さらに、よい人たちに出会えたのに、2年間は絶対会えないっていうのもあって。
だから号泣ですよ。

この国を出るときにも号泣できるくらい濃ゆい活動がしたいなー。
でも今すでに、3年生が卒業するときに泣いてる自分が容易に想像できるんですけどね。
年取ると涙もろくなるってのはホントなんだなぁ。


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協力隊について | 2005-07-23(Sat) 14:00:03
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